今から二十数年前、僕はオレゴン州ユージーンという美しい街に住んでいた。当時、衝撃を受けた本がある。『ロッキーの川、そして鱒たち』だ。著者はフライフィッシャーマンである佐藤成史さんだ。今でも現役で日本中の山・川を駆け回っている、フライ業界では知らない人はいない、フライフィッシングの立役者の一人だ。僕は彼の本に衝撃を受け、アイダホやモンタナの川を何度も通った。南はニューメキシコやユタの川も行った。とにかく、彼が釣ったであろう同じ川で鱒を釣りたい、そこはどんなところか自ら体感したいという衝動にかられ、本を片手に一日8~10時間くらい運転したことが今思うと懐かしい。あの頃は疲れ知らずだった。モンタナの夏は夜9時くらいでも明るいので、時を忘れてロッドを振った。日本ではまず見られない手つかずの大自然、美しい木々、花々、野生動物・・・これぞ桃源郷というにふさわしい。

たくさんのことをこの本から学んだ。夢も膨らんだ。
その頃はアメリカのフライフィッシングについて道具やメソッドなどは日本国内の雑誌などでは紹介されていたが、現地の川や、ポイント、アクセス方法などの詳細が書かれた本はなかったので、この本が出たときは衝撃的でもあり、夢がどんどん膨らんだ。相当な時間と費用を掛けたんだろうなあと今ページをパラパラめくっても思う。余談だけど、そう思うと日本のフライフィッシングの歴史って時間軸で考えるとそんな昔ではなかったのかなあと思う。(すでに衰退傾向なのは悲しい現実だが)
さて、本題だが先日、佐藤成史さんにはじめてお会いすることができた。ランディングネットを製作する「シルキーウッド」主催の「釣初め会兼スクール」に参加したのだ。2日間の日程で、1日目は成史さんのタイイング・クリニック、2日目は一緒に実釣し、アドバイスを得るというもので、僕にとってはとっても有難い企画なのである。この日、僕はちゃっかり、例の本を持っていきサインなんかもらってしまった。成史さんの友人が今もオレゴン州ユージーンに住んでいるとのことで、ローカルな話が盛がった。

なかなか生で拝見することのないプロのタイイング。とにかくバランスと緻密さが素晴らしい。
今回は、僕もタイイング道具を持ち込み、アドバイスを受け、質問もできるというなんとも贅沢な時間なのだが、今まで数十年やってきた自分流のタイイング(巻き方)が覆されるほど、月並みな言い方だが目から鱗だった。自然界の虫がもつ、体表の線やボディーの形が緻密に再現されていく。マテリアルが無駄なく使われ、どんどんそれらしくなってくる。バランスも秀逸。簡単に巻いているように見えるが自分でやってみると全然違うものが出来上がる。しかし、これがまた面白い。
成史さんが実際にベストに入れているフライボックスを見せてくれたのが興味深い。思いのほか、スタンダードなパターンで、サイズも異常に小さなものではなかった。蛍光のインジケーター(ポスト)はほとんど使わず、目印としてはカーフテイルを使用しているのが印象的。基本、素材を生かしたナチュラルカラーが目に付く。
時間は静かに流れる。石油ストーブのうなりと外の風の音だけ。大の男たちが太い指で、ちっちゃなフックと糸を前にあーだーこーだ格闘するのだ。知らない人がみると手芸教室でもやってんのかと思うだろうなあ。ちなみに、フライやってる人はユザワヤなんかいったりして、糸とか、ワイヤーとか使えるものがないか見に行くのだから滑稽である。
ところで、成史さん曰く、フロータントは浮かせ方にもよるが極力使用しないとのこと。フロータントをつけることで、フライがすべて同じ浮きかたをしてしまい、せっかくの素材やシェイプを台無しにしてしまうからとのこと。いわれてみれば納得だ。翌日、一緒に実釣したわけだが、その際、僕はいつもぶっかけているスプレーをこっそりバッグの奥底に封印し、フロータントは一切つけないで釣ったが、なるほど!特に問題はなかった。今シーズンは実践してみようと思ったね。
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